Hitsujiotoko's diary

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近鉄とオリックスが合併?!

昨日の話だけど、近鉄とオリックスが合併する方向で合意に達したらしい。
とうとうか…。といった感じ。
最近、社会人スポーツ・プロスポーツは衰退の一途を辿ってる。例を挙げれば、バレー(日立、ユニチカ)、アイスホッケー(雪印、古河電工)、サッカー(横浜フリューゲルス)、そのほかにも陸上とか体操…。キリがないね。
社会人スポーツは別に企業の事業ではないから不景気のとき淘汰されてしまうのは分かるけど、プロはそれ自体で採算をとっていくものだから多少社会人スポーツよりは淘汰されにくい。はずなんだけどこのニュース。しかも日本で一番の人気を誇る野球でこんなことが起こるのだから事態はよほど深刻なのだろう。

どうやら近鉄は年間40億の赤字を出しているらしい。ただでさえ景気悪いのに。しかも近畿鉄道って特に日本の中で景気の悪い地域である大阪にある企業…。そりゃーどうにかしたくもなるわさ。経営側にしたら合併反対とか言われても自分達の飯が食えなくなるんだから何とかしたいって!

こんなことが起こるのはなぜか?
外的要因として、日本の不景気、そして景気回復が遅れていること。(このへんでなんで景気は回復しないんだとか語ってみたいけど経済学部じゃないし、知識もないんでやめとこう・笑)
あとは内的要因としての野球人気の低下かな。これは球団が上手く球団の人気を上げようと努力してないって側面もあるから内的要因とも言える。
ちなみに球団の人気を上げるのに成功した球団としてダイエーが挙げられる。ダイエーも親会社の経営不振でやUFJとかの金融危機で球団がなくなるんじゃないかってよく取り沙汰されるけど、今でも生きてるのは地域に密着した球団の宣伝が上手くいっていて入場料や周辺施設からの大きな収入があるからって側面は見逃せない。実際、パリーグで唯一平日でも満員近い観客を集められてるのはダイエーだけだろう。
まぁ、近鉄の場合は、セリーグ随一の人気球団、阪神があることも災いしてるのだろうが、こういったダイエーのような経営戦略は見習うべきだと思う。
もっというと、ダイエーのすごいところは(大阪から)本拠移転して10年足らずで地域に密着した球団づくりをし、結果を得たところにある。結果的に大阪から早く移転したダイエーは経営に成功し、移転しなかった近鉄は失敗。親会社の近畿鉄道は業種的に全国的な企業ではないから移転しとけばよかったとは一概に言えないけどね。

内的要因としては、選手の年俸の高騰。
ここ数年、メジャーリーグに挑戦する選手が増えて、球団側が年俸をあげてそれを引き止めるといった構図もその原因のひとつ。最近は??って選手が1億とかもらってておかしいと思う。10年前なら1億円プレーヤーなんてチームに2、3人だったのに。サッカー選手だって年俸1億いく人なんか稀だし。
そして内的要因としての野球人気の低下。
野球界がいい選手は金のあるところに集まるっていう仕組みになってる。
僕はアンチ巨人。だからああいう選手補強の仕方は嫌いでこういうことを言うんだけどね。明らかに度が過ぎてるもん。他球団で養殖したのを金で釣るみたいで。

まぁ、そんなこんなでスポーツのために景気も回復してほしいし、野球界が変わることによってさらに野球の面白さを引き出してほしいものだね。

って書くのめんどくさくなったから強引に結んでみたりする(笑)
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長崎の児童殺害事件について

なんか、みんなこのことに関して書いてるよね。
ネット社会での意思伝達方法とその効果とか影響について。

そこで僕が思ってる前々から持ってる私見を。

確かにネットって言葉がストレートに伝わるし、それを多くの人が閲覧できたり、即時に伝えることが遠く離れていても可能だ。それでいて、言葉ってのはいろんな意味を込めて使うことができるもので、使い方次第で人を傷つけたり、癒せたり、喜ばせり、悲しませたりすることができる。ネット社会が言葉の可能性をさらに広げたのは間違いない。
ただ、注意しなければならないのは、その言葉とか意思っていう表現は表明したと同時に普通、表明した人に責任が生じるということ。冗談とかでない限り責任はついてくると思う。
要するに、流行の言葉で言うと自己責任ってやつですか?ちょっと使い方が違うか?まぁ、いいや。それは置いといて、とりあえず責任。

また、ネット社会ってのは匿名性という大きな特徴を持ってる。これを持ってるからこそ、恥ずかしかったり、普段面と向かって言えないようなことを伝えたりすることもできるし、いろんな人に自分の考えを伝えることができる。ネット社会が急速に普及した理由をここに求めることもできるだろう。
しかしながら、この匿名性、いいことばかりではない。悪用されることもある。例えば、誰かの名を騙ることもできるし、実際の社会の中とは違う顔を作って違う人になりきることもできるし、掲示板に匿名で中傷したり、変な情報を伝える(画像のコラージュとか問題になったことが昔あったよね。)ことも可能だ。ほかにもまだあるかもしれないが僕に思いついたのはこのくらい。別にこれが全て悪いとは言わない。僕だって自分に疲れたらたまには違う人間やってみたいと思うかもしれないし、この広大なネット社会の中で本人に知れず中傷するのは容易いからそういうふうなことをしてみたくなるのかもしれない。

つまり、ここで言いたいのは表現の責任(=重み)とそれを無き事にすることができる匿名性との関係だ。匿名性は実に安易に重みを取り去ることができる。

では、なぜこういったことが起こるか?、それは重みを取り去る容易さをなくす(これをなくしたらネット社会の一側面はなくなるし、今ほどの普及を見せないのかもしれないが・・。)システムがあまり普及していないことと(各種メディアの持つ)表現の特性についての教育がなされていないことだろう。前者の対策としては具体的に言うと、アクセス解析などが少しずつ普及しているのだろうがこれはまだシステムを作るには高度な技術が必要でなかなか一般向け(=誰もがわかるような)の手頃さは無いだろう。後者については僕は誰か先輩が日記に書いていたように生徒全員のHPをチェックするなんて不可能ってのと同意見。さすがにそこまで教育者に求めるのはおかしいってもんだろう。てか無理。広大なネット界で自分の生徒を探すなんていう不毛な作業する人いないでしょ。

結局行き着くの次の2点だと考えてしまう。
1つはネット社会に重みを取り去ることを認めないという流れにならない限り、個々人のモラルに委ねられるということ。
もう1つは改めてネットというものをほとんどの人(小学生がチャットしてたって聞いただけでもそこまで普及してたのか!!って驚きだったのに、その発言が発端で殺人になったなんて信じられなかったけど。)が利用するようになったということを考慮した表現の重みの教育。もう、僕らの世代は遅いのかもしれないけど、今ならまだ間に合うだろう。

ってなとこで僕の私見を結ばしてもらいます。これは被害者・加害者の環境とかを全く無視して、ネットって側面だけにクローズアップさせて書いた意見なんであしからず。
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